ジェンダーを図示する

あるプロジェクトを現在進めているのだが(近いうちに公表します)、その過程でジェンダーの図示について、考えていた。そんなとき、しぃが面白いツイートをしてくれたので、話していた。その後、Ynda Jasさんのこの記事や、Jasさんとしぃとの三人での会話等を受けて、わたしなりに記事を書いてみようと思った次第。しぃとはアイディアの大部分以外にもふたりでお話ししたりしたのも反映されているので、この記事は彼人と二人で書いたと思ってもらえれば。なお、公開前にしぃには許可をもらっています。

本記事の「ガンガゼ」は、Suzuriでグッズが買えます。

  1. 選択肢式
    1. 女or男
    2. 女or男orその他
  2. 座標
    1. 女―男スペクトラム
    2. 女―男―Aの三角形
    3. 3軸
    4. ∞軸
  3. 提案:ガンガゼモデル
  4. まとめ
  5. 参考文献

まず、目標としては、以下を挙げます:

  1. ノンバイナリーをvalidなものとして認め、可能な限りきちんと表す
  2. ノンバイナリーをある固定された【ノンバイナリーという性別】に押し込めない
  3. ノンバイナリーを、「男女」で規定されるものとして説明しない
  4. Aジェンダー、ジェンダー・アイデンティティのない場合も含め、きちんと表す
  5. デミジェンダーを可能な限りきちんと表す
  6. ゼノジェンダーを可能な限りきちんと表す
  7. バイジェンダーを含むポリジェンダーを可能な限りきちんと表せるものにする
  8. genderfluid、genderfluxを可能な限りきちんと表せるものにする

これらの目標をすべて満たす図を考えることを、目的としていきます。これらの目標は、このブログを見てる人にとっては、どれも異論はないと思いますので、その想定で進めていきます。なお、ゼノジェンダーとは、「ヒトの性別理解の範疇を超える性別のありかた。動物や植物、その他の生物やものなどとの関係を用いた、性別の分類や体系をつくることを重視する」(Baaphomett 2014)です。

次に、いくつかの「よくある図」をこの基準で考察していきます。

選択肢式

女or男

まず、よくある「女」「男」の選択肢。これの問題はいわずもがなでしょう。目標1-8のほぼすべてを満たしません。あとで引用するしぃの「説明」について、彼人がこれを考えた理由は、アンケートでこの二択を提示されたからでした。

女or男orその他

前述のアンケートでしぃが取った行動は、第三の選択肢として、「ノンバイナリー」を加えることでした。では、「女」、「男」、「ノンバイナリー」の「三元論」を最初から用意していれば、問題は起きないのでしょうか?複数回答を認めたとしても、これでは、しかし、特に目標2, 4、8そして、おそらく6が、満たされません。

座標

女―男スペクトラム

こうなると、問題は(広義の)ノンバイナリーな経験をどうあらわすか、という問題になってきます。では、スペクトラムにしてみてはどうでしょうか。ジェンダーの入門書などで見られることのある方法ですが、ノンバイナリーな経験はこれで十分に表せるでしょうか。Jas (2021)でも指摘されていますが、ここで問題となるのは、じゃあ「中点」は何だと言うことになります。バイジェンダー?ニュートロワ/中性?中点より少し右にずれたらデミジェンダー?また、Aジェンダーはどう表されるのでしょうか?そこで、ここにもう一軸加えるとしましょう。

女―男―Aの三角形

男、女、Aジェンダーを各頂点とする逆三角形。「男」「女」を結ぶ線分の中点には「ニュートラル」と書かれている。
男、女、Aジェンダーを各頂点とする逆三角形。「男」「女」を結ぶ線分の中点には「ニュートラル」と書かれている。

「女ー男スペクトラム」の線分に「点の濃淡」を加えたものとして考えても良いでしょう。こちらも、よく見られるものです。最近は見なくなりましたが、悪名高いGinger Bread Person もこれにあてはまります。ここではChrystall-Bawll (2015)のものを引用しました。これだと、Aジェンダーは三角形内に、あるいは点が薄いとして、表せますよね。さらに、「点」ではなくて、一つまたは複数の「領域」を取っていいとしましょう。こうすることで、ポリジェンダーも一定に表せます。

ですが、目標2「ノンバイナリーをある固定された【ノンバイナリーという性別】に押し込めない」を満たすにはどうするのでしょうか?例えば明確に男性でも女性でもないジェンダーを実感している人は、この図のどこに位置するのでしょうか。さらに、目標3「ノンバイナリーを、「男女」で規定されるものとして説明しない」の問題もあります。結局の所、「女」「男」に特権性を与えた説明なのは変わりません。また、Aが三角形内に表されてしまうということ自体にも、実は問題があります。ジェンダー・アイデンティティのないAジェンダーであっても、この三角形では、例えば「女」と同じようにある種のジェンダー・アイデンティティとしてそれが説明されてしまうのです。

3軸

そこで、思い切ってもう一つ「ノンバイナリー軸」を足して見ましょう。Blenderでつくろうとしたらめんどくさかったので、結果的にはおなじことをやってるGender Unicorn (Lady Pan 2015) を引用します。

ジェンダーアイデンティティを「女性らしさ」「男性らしさ」「その他のジェンダーらしさ」の三本の矢印で説明している。
ジェンダーアイデンティティを「女性らしさ」「男性らしさ」「その他のジェンダーらしさ」の三本の矢印で説明している。

これで、目標の1、5、は満たせますね。念のため、再度目標を下に書きます:

  1. ノンバイナリーをvalidなものとして認め、可能な限りきちんと表す→OK
  2. ノンバイナリーをある固定された【ノンバイナリーという性別】に押し込めない
  3. ノンバイナリーを、「男女」で規定されるものとして説明しない→OK?
  4. Aジェンダー、ジェンダー・アイデンティティのない場合も含め、きちんと表す
  5. デミジェンダーを可能な限りきちんと表す→OK
  6. ゼノジェンダーを可能な限りきちんと表す→OK?
  7. バイジェンダーを含むポリジェンダーを可能な限りきちんと表せるものにする
  8. genderfluid、genderfluxを可能な限りきちんと表せるものにする

ですが、目標2はどうでしょうか。「ノンバイナリー」と一言で表される性別は、実は多様ですよね。ここでは、「その他の性」としてまとめられてしまっています。そして、その一方で「男女」には特権性が与えられているままです。また、Aジェンダーについても2.2と同じく、ある種のジェンダー・アイデンティティとしてそれが説明されてしまうの問題が残っています。ゼノジェンダーはどうでしょうか?「その他の性」に含まれていると考えれば一定にOKではあるものの、その独創性は、この説明では失われてしまっているのではないでしょうか。また、ノンバイナリーな経験をまとめてしまっている以上、ポリジェンダーもfluidも正確に表せません。

∞軸

では、軸を∞本にして、∞次元の図にしてみましょう。こうすれば、多様なノンバイナリーの経験が表せますよね。だが、待てよ、と。図示どうするの。。?これでは本末転倒です。。そこで発想を変えましょう。逆に無限の「軸」を許すモデルはないのでしょうか。

「それで考えてたのが、性別って、Aを原点として、無限に広がる空間みたいなもので、「男性」や「女性」はその中における2点(2方向?)に与えられたラベルに過ぎないのに、その2点を線で結んで色んなことをその線分上で説明しようとするからぐちゃぐちゃするのでは?って」

提案:ガンガゼモデル

ガンガゼとは、ウニの一種です。長いトゲ(30cmにもなるらしい!)のが特徴です(仲山遥那さん提唱です)。この大量に生えたトゲを様々な「ジェンダーの軸」と捉えてみましょう。「女性」「男性」はそのうちの2本の「トゲ」にすぎないことを、このモデルでは表すことができます。「女性」と「男性」と「その他」があるのではない。多様なジェンダーがあって、「女性」や「男性」は曖昧な二例に過ぎない。このことをきちんと表したいのです。「女性」「男性」軸の2本だけを示すと、こんな感じです:

説明のために、このガンガゼちゃんの中身を見てみましょう。ここでは、上記の「女性」「男性」軸の2本を通る平面の断面図を見てみます(MRIを撮っただけなので、ガンガゼちゃんは無事です)。

色のついた円が黒地に描かれている。中心より白から黒へ向かうグラデーション。その中心より放射線状に無数の線。うち2本に色がついており、それぞれオレンジと青。これらの軸には、それぞれこれを通るような小さな楕円が描かれている。
色のついた円が黒地に描かれている。中心より白から黒へ向かうグラデーション。その中心より放射線状に無数の線。うち2本に色がついており、それぞれオレンジと青。これらの軸には、それぞれこれを通るような小さな楕円が描かれている。

「ガンガゼ」の中心部は真っ白です。これは、「ジェンダーがまったくない」状態のAジェンダーはこの図内に表せないためです(目標4)。

円にはたくさんの「トゲ」があります。これは前述の通り、様々な名前のついた多様な性別の「軸」です。ある個人の性別はこの軸上に必ずしもある必要はありませんし、軸の本数も長さも、「ガンガゼ=社会」によって変化します。

さて、軸のうち、オレンジの軸を「女性軸」、青色の軸を「男性軸」とでも考えましょう。これらはあくまで、数多くある軸の2本に過ぎません(目標2)。この軸に沿って外側へ行くほど「女性/男性らしさ」が「増」し、円の中心に向かうほど性別のない、すなわちAジェンダーに近づきます。今回はこの2本を通るような断面を見ていますが、もちろんどちらも通らない断面も、想定できますよね。そこには、ゼノジェンダーを含むノンバイナリーな性部は、今見ている断面上にないことも説明できますし、それらを「女性」「男性」であらわそうとする試みの無意味さも伝わると思います(目標1, 3, 6)。

さて、「女性」「男性」軸上には、それぞれ小さな楕円が描かれています、これがこの「ガンガゼ」における「典型的」とされる女性や男性の領域を表します。楕円は「ガンガゼ」の端と重なりません。これは、ハイパーフェミニンやハイパーマスキュリンなありかたを説明するためです。

個人の性別は、このガンガゼのなかの、さまざまな領域を指し示します。その領域の位置はもちろん、大きさや個数は、個人によります(目標7)。例えばデミガールの人は、「女性」軸の近くに少なくともひとつの領域を持っているでしょう(目標5)。また、領域は移動することもあります。それがgenderfluxやgenderfluidityです(目標8)。

これで、わたしが設定した目標のすべては達成できたのですが、もう少しガンガゼちゃんについて考えてみましょう。ガンガゼは、ウニにしては活発です。そのため、「トゲ」は揺らめきます。わたしたちの世界でもまた、なにが「男性」的であるか、「女性」的であるかは、時代とともに変わってきました。「トゲ」は折れたり、新しく生えてきたりすることもあります。同じように、わたしたちの社会でもまた、性別の理解は常に更新されています。それは、必ずしも個人の性別それ自体が社会的な影響で変えられているわけではありません。ただ、説明のための「軸」が変化しているのです。これは当然genderfluidityを否定するものではありません(わたし自身fluidな面があります)。説明のためのことばもまた変化していくことを、反映しています。また、ガンガゼは動きます。ジェンダーの「ガンガゼ」もまた、ただ成長(したり、小さくなったり)するだけでなく、「海」のなかをゆっくりと動きます。それは、決して悪いことではありません。これは、まだ「ガンガゼ」で表しきれない性別のありかたの可能性を表すのです(個人の性別の領域は、必ずしも一匹のガンガゼ内で完結する必要はありません)。これが、ジェンダーのガンガゼモデルです。

ガンガゼのイラスト。下手。
ガンガゼのイラスト。下手。

まとめ

三度目になりますが、再度「目標」を載せます。

  1. ノンバイナリーをvalidなものとして認め、可能な限りきちんと表す
  2. ノンバイナリーをある固定された【ノンバイナリーという性別】に押し込めない
  3. ノンバイナリーを、「男女」で規定されるものとして説明しない
  4. Aジェンダー、ジェンダー・アイデンティティのない場合も含め、きちんと表す
  5. デミジェンダーを可能な限りきちんと表す
  6. ゼノジェンダーを可能な限りきちんと表す
  7. バイジェンダーを含むポリジェンダーを可能な限りきちんと表せるものにする
  8. genderfluid、genderfluxを可能な限りきちんと表せるものにする

これまで提案されているいくつかのモデルをこれに照らし合わせながら、批判的に顕彰した上で、わたしたちは「ジェンダーのガンガゼモデル」を提案しました。

ジェンダーのガンガゼモデルは、完璧ではありませんし、改善の余地もあるでしょう。一般的なアンケートで「性別は?男性/女性」の代わりに出来るほどシンプルな図でもありません。Jnda Jas (2021)にもあるとおり、このように図示すること自体、一定に無理があります。しかし、図示に一定の意味があることも、決して嘘ではありません。ビジュアルな説明は一定に意味があるのも確かでしょう。どうか、この図を使って人に性別の説明をしてもらえたらな、と思ったりもします。

最後に、わたしの性別を、このモデルを使って表してみました。

「典型的女性」領域から、「男性」軸と「女性」軸の中間を通り、Aへ向かう
「典型的女性」領域から、「男性」軸と「女性」軸の中間を通り、Aへ向かう

参考文献

Baaphomett (2014-06-24). Untitled post. Retrieved from http://baaphomett.tumblr.com/post/89738557605/ive-done-a-lot-of-thinking-about-identity-and [Archived on 2014-07-01].

Chrystall-Bawll. (2015). The Gender Spectrum Scale. https://www.deviantart.com/chrystall-bawll/art/The-Gender-Spectrum-Scale-566049414

Jas, Jnda. (2021). Gender beyond the binary: visualisation, language and conceptual frameworks. https://yndajas.co/articles/2021/02/19/gender-beyond-the-binary-visualisation-language-and-conceptual-frameworks/

Trans Student Educational Resources, 2015. “The Gender Unicorn.” http://www.transstudent.org/gender.